フィリピンアート史5

エドサ革命以降

 

 1986年のエドサ革命により新たな表現の自由を手に入れたアーティスト達は、革命 の余韻の中で引き続きナショナリスト的、ソシオリアリスト的立場から強い実験的作品を生み出します。表現方法も70~80年代に流行した抽象にとってかわり、具象的なものが主流になって行きます。この時期のソシオリアリスト達がポリティカルアート作品で取り扱った社会的課題は大きく3つに分けられます。

 

  1つめは独立後もフィリピン社会の根底に続くアメリカの政治的、社会的影響力に反対を訴えるアンチアメリカ的メッセージの強いものです。マーク・フスティアニ、ブレンダ・ファハルドなどの作品に色濃くそれが見られます。2つ目はスペイン植民時代からつづく政治と宗教(カトリック教会)との結びつきに関するものです。スペイン殖民時代にフィリピンのあちこちに建てられたカトリック教会は、政治と強く結びつき、人々の暮らしに多大な影響を及ぼしてきました。エドガー・タルザン・フェルナンデズ、アンティパス・デロタヴォ、ノルベルト・ロルダンなどの芸術家たちはそういった癒着が及ぼす弊害を芸術の中で訴えるとともに、各地に伝わる土着の信仰をテーマにした作品などを制作し、フィリピン人の心の奥にあるスピリチュアリテイーの原点について問いました。3つ目は、急速に普及したメディアが政治に与える影響の問題です。エドサ革命自体、テレビやラジオなどから流れる革命家たちの訴えにより民衆が立ち上がる結果となったわけですが、その後もフィリピン社会では大統領選挙をはじめ、さまざまな政治的、社会的イニシアティブがメデイアによって支配されていきます。そのようなメディアによる社会的影響を作品に表したのがネール・マナロなどのアーティスト達です。

 

 90年代以降、フィリピンのアートは急速に変化してゆきます。1992年に設立したNational Commission for Culture and the Art (NCCA)をはじめとする組織的な芸術支援活動もはじまり、メガモール4Fにはギャラリー街がオープンするなど、芸術活動の場が広がって生きます。海外に拠点を移して活動している芸術家達からの刺激をうけ、国内の芸術家たちの活動もより多角化、活性化し、さまざまな表現が融合することで新鮮で洗練された作品がうまれてきています。50年代から70年代に盛んに言われた「ナショナルアイデンティテイー」の探求は、今も引き続き多くのアーティスト達の創作活動の源泉でありはするものの、アプローチや表現は以前のように直接的なものではなくなっています。また、1993年にはAsia Pacific Triennale (APT)が開催され、芸術活動におけるアジア諸国との連携も始まります。