フィリピンアート史3

戦後(50~60年代)ネオリアリストの活動 

ナショナルアイデンテイテイ探求のはじまり

 

1.ネオリアリストたちの活躍

 

  第二次世界大戦後、フィリピンの芸術家達の創造性は花開きます。才能ある新しい作家達が続々とあらわれ、新しい考えに目覚め、カフェなどに集まっては熱心な議論をかわしたり、お互いの作品を批評しあったりします。1948年にはフィリピンのアーティストと芸術愛好家たちの組織「Art Association for the Philippines(AAP):フィリピン芸術協会」が創立され、主催するコンクールや展覧会が行われるようになると、一時停滞していたモダニズムの動きも盛んになり、そういった場を舞台にモダニズム対アカデミズムの保守派の芸術家達の議論が再熱します。

 

  1950年にフィリピンアートギャラリー(PAG)がマニラのエルミタ地区にオープンすると、作品発表の場を得た新世代の芸術家達の新しい作品が次々と紹介されます。戦前に「サーティーンモダン」と呼ばれ早くからモダニズムに傾倒していた画家たちの何人かが中心となり「ネオリアリスト(新現実主義)」グループが生まれます。その中心メンバーがロメオ・タブエナ、HR・オカンポ、ヴィンセント・マナンサラ、ヴィクター・オテイザ、ラモン・エステラ、セザール・レガスピの6人です。彼らがエダディスからはじまったモダニズムを真の意味でフィリピンに発展させ、若いアーティスト達が次々とこの流れに加わっていきます。 「ネオリアリスト」のアーティスト達の表現スタイルはさまざまでしたが、彼らは一丸となり風俗画やアカデミズムの芸術に反対の立場をとり、その後フィリピンの美術界の主流はモダニズムへと移り変わっていきます。

 

  50年代後半から60年代に入ると初期のネオリアリストの画家達から影響を受けた第二世代のアーティスト達がさまざまなスタイルの表現を展開していきます。フェルナンド・ゾベル、アウストロ・ルッツの2人は、海外で美術を学んで帰国してすぐにネオリアリスト運動に新風を吹き込んだ若い画家の代表ですが、彼らに数多くの若いアーティスト達が続きました。エリゾルデ・ナバロ、ホセ・ホヤ、フェデリコ・アギュラー・オルクアズ、アン・キューコック、マラン、ジュベナル・サンソーといった画家たちです。ヨーロッパ、アメリカ、メキシコなどから帰国した彼らはそれぞれ、当時の現代美術の最先端だったキュビズムや抽象などの作品を制作し、フィリピンの美術界は活気に満ちてゆきます。

 

2 モダニストの主題

 

 植民地から独立、民主化を果たした東南アジアの国々において、「ナショナルアイデエンティティー」の確立は人々にとっての大きなテーマとなっています。このテーマは、50~60年代に活躍した多くの芸術家たちにとって創作活動の重要な源泉となりました。 風俗画全盛期の頃の画家たちは、田舎や農村の風景やフィリピンの人々の生活を写実的に描くことでフィリピンらしさを追求し、ナショナリスト的、直接的な表現を試みました。これに対し、モダニズムのアーティスト達は新しい視点から新しい表現方法で「ナショナルアイデンテイテイー」の表現を模索し始めます。

 

  フィリピンのモダニズム運動の初期に先駆的な役割を果たした画家の一人で、後にナショナルアーティストの称号を受けるカルロス・フランシスコは、自分の生まれ育ったリサール州アンゴノの漁村やフィエスタの風景、人々の暮らしを描くことでその答えを探します。彼はフィリピン各地域に伝わる独自の祭り、習慣、人々の暮らし方、それぞれがフィリピンの文化や価値観を象徴するもので、自分達はそれに自信を持つべきだということを絵画で表現したのです。彼の作品がアモソロの風俗画と一線を画していたのは、その技法や表現の新しさ、題材の選び方、そして背後にある哲学でした。彼の考えに影響を受けたアーティスト達は、フィリピンのさまざまな地域でその地域独特の芸術活動を展開するようになり、フィリピンの芸術家の活動の特徴のひとつとなりました。

 

 一方で、この時期急速に進む近代化の波の中で変容する都市やそこに急増する貧困の問題など、都市生活の実態を題材にフィリピン社会の実像を描くことで、間接的にナショナルアイデンティテイーのテーマを問いかけた作家たちもいます。キュビズムの作風で知られるヴィンセント・マナンサラが描いたジプニーや屋台、ロメオ・トゥブエナの描いたスラム、アウストロ・ルッツが洗練された線と選び抜かれた色彩で描いた都市などにはその代用的なものです。また、強い個性をもったアーテイストたちが、それぞれの表現方法で近代化してゆくフィリピン社会の影の部分に焦点をあてた作品を生み出しました。アン・キューコック、オニブ・オルメド、ベン・カブレラ(ベンカブ)などです。

 

 また、それまで考えられていたような「主題」をもたない完全な抽象画(ノンオブジェクテイブアート)をフィリピンで最初に描いたのがHRオカンポです。彼の作品では対象を描くことが失われ、色彩や形という基本的要素が主題そのものになっています。「フィリピン人らしさ」を主題に制作したのではないにしろ、彼の作品には「フィリピン人特有の感性が顕著に現れている」として、彼をもっともフィリピン人らしい芸術であると言う人もいます。