フィリピンアート史1

スペイン植民地時代19世紀フィリピンアートの代表作家

ヒダルゴ(1855~1913)とホアン・ルナ(1857~1899)

 

  フィリピンアート史の流れを見ていくとき、最初にとりあげたいのが19世紀の後半に活躍した2人の画家、ホアン・ルナとフェリックス・レシューレシオン・ヒダルゴです。もちろんそれ以前にもスペイン植民地下で純フィリピン人(当時インディオと呼ばれる)最初の画家として名を残しているダミアン・ドミンゴをはじめとする多くのアーティストがいましたが、ルナとヒダルゴの2人はヨーロッパの美術界でその才能を高く評価されたフィリピン人で、当時まだスペインの植民地だったフィリピンという島国を国際社会に認知させたことでも歴史に名を残しています。

 

  ホアン・ルナは1857年にルソン島の北端、北イロコス州のバドックに生まれます。幼少の頃から美術の才能のあったルナはマニラで大学を卒業した後ヨーロッパに渡り、イタリア、スペインなどで美術を学んだ後に結婚してフランスで暮らしはじめます。彼はすぐにその類まれな才能をヨーロッパで高く評価され、数々のサロンで入賞したばかりでなく、19世紀の終わりのホセ・リサールらを中心に始まったフィリピンの自由獲得運動のメンバーとして、パリやワシントンなどの国際会議に代表として出席し、祖国の自由と独立を国際社会に訴えたことでも有名です。

 

  ホアン・ルナの作品の中で最も代表的なのが「スポリアリウム(Spoliarium)」です。この作品でルナは1884年にマドリッドの美術展で金賞を受賞しました。現在この作品はナショナル・アートギャラリーの「Hall of Master(巨匠の部屋)」に展示されています。スポリアリウムはローマ時代のコロセウムの地下にあった死体処理場で、コロセウムで見世物として格闘させられ死んでいった奴隷達(グラジュエーター)の強烈なイメージが描かれています。この作品は当時のフィリピン人にとって、長くスペインに支配されている自分達の姿を反映していると解釈され、ヨーロッパに渡り自由獲得運動に関わっていたフィリピン人の知識階級たちにとっては、国際社会に祖国の現状を訴えるシンボリックな作品としての役割も果たしました。

 

  フェリックス・レシューレシオン・ヒダルゴも、マドリッドの美術展で銀賞を受賞した他ヨーロッパやアメリカの美術展で数々の受賞をし、国際的にその才能を高く評価された画家です。彼の大作「バスタメンテ総督と息子の暗殺」もナショナルアートギャラリーの「巨匠の部屋」にルナの作品とともに展示されています。この作品はスペイン統治時代に実際に起きた事件を描いたもので、アヤラミュージアムにあるフィリピン史のジオラマ展示でも再現されています。

 

  2人の作品の画法は、ともにヨーロッパのアカデミズムの主流だった古典技法ですが、ホアン・ルナの後期の作品にはマネやドガなど印象派の影響が若干見られる作品があります。2002年にGISIミュージアムがオークションで落札して話題となったルナのパリ時代の作品「Parisian Life (パリ人の生活)」(1892)などにそれを見ることができます。